先日( 2021/11/20 )ツイッターで生けるレジェンド、ポール・マッカートニーが2018年に発表したアルバム 「エジプト・ステーション」 とそこに収録されている 「I Don’t Know」 という曲について呟きました。(文章の終わりにこの曲の簡単なコード譜を載せてあります)
最近ポール・マッカートニーをよく聴いています。ビートルズ以降の新しいやつ。やっぱりポールは凄い!元中日の山本昌投手のように派手さはないですが安定感が半端ないです。そして未だに現役。2018年に発表のアルバム「エジプト・ステーション」の「I Don't Know」というバラードは特にお気に入り
この「I Don't Know」という曲。コードは(分かり易くするためキーをひとつ下げると)AとDの繰返しのあとFmaj7、Amと続きます。これが効きます。空間がねじ曲がります。僕からは絶対に出てこない、思いつきもしない魔法のコード進行
ちなみに「I Don't Know」というタイトルの意味。何が分からないかというと、株の値動きや007の次期配役ではなくて(人生において)何を間違っているのかが分からない、とのこと。僕も未だに間違いだらけですが、理由は分かっています。全部僕のせいです
What am I doing wrong? 何が間違っているのか分からない I don't know Where am I going wrong? 何処で間違いをしているか分からない I don’t know Why am I going wrong? 何故間違いをしているのか分からない I don’t know Paul McCartney/I Don't Know
ですが、まだまだ語り足りないのでもっと続けてみます。
なぜ今またポール?
ビートルズのアルバムは昔よく聴いていましたが、ポールのソロアルバムを改めて聴いてみようと思ったのには「きっかけ」がありました。
それは、ほぼ日刊イトイ新聞のYouTubeチャンネルでオリジナルラブの田島貴男さんが『田島貴男の「実話クイズ」その5』のなかで、
「この人はすごい」と思う音楽家をひとりだけ挙げて下さい。
という質問に、ポール・マッカートニーと答えていたからでした。
ミュージシャンとして敬愛する田島さんが、「ビートルズだった時期よりも今のほうがポールは偉大だと同業者として思う」と語っていたのを聞いてすぐにアマゾンプライムミュージックでポールを検索しました。
そして、この「エジプト・ステーション」というアルバムを聴いてみて「その通りだなー」と思いました。
正直、初め聞いたときは声がちょっと変わった?(枯れた?)と思いましたが、聴き込むと紛れもなくポールでした。曲の好みは人それぞれだと思いますが、全ての楽曲がハイクオリティで何を歌っても王道のポールの曲でした。人によっては、ビートルズの曲だと言われても分からないかもです。
未だにこんな素晴らしい音楽を作り続けているなんてバケモノみたいな人です。ちなみに、ドラムも含めてポールがほぼ全て自分で演奏しています。
摩訶不思議なコード進行
このアルバムで、特に二曲目の「I Don’t Know」という曲が気に入ったのですが、Aメロの途中で「おや?」と思うコード進行がありました。そして、そこがなんとも言えずにググっと心に刺さるので、ちょっと解読してみました。
Aメロの初めはB♭とE♭の繰り返しなのですが、分かりやすくするために(ギターの1フレットにカポタストをはめたように)キーをひとつ下げてみるとA-Dになります。その繰り返しからいきなりFmaj7、そしてAmに変わります。
AとDというのどかな出だしから、突然まったく予期しない響きのFメジャーセブンが現れて脳みそが混乱していると、次はなんとAのマイナーコードに行っちゃうのです。安定していたものが急に不安定になり、吊り橋効果もあり(?)心が強く動かされます。
そしてここからがまた凄いのですが、その後はDとAの繰り返しになります。これは出だしのA-Dを逆にしたもの。そして何事もなかったように初めのAとDの繰り返しに戻って二番が始まります。
A - D - A - D - A - D - Fmaj7 - Am on E - D - A - D - A - D - A
これって、まるで電車が山道を登っていたら停車場でスイッチバックして、今度は後ろの車両から登っていくようなもの。なおかつ線路は環状線でループして繋がっていて、いつの間にか後部車両が先頭車両に変わっていたという、もうこれはイリュージョンです。
また、Amのルート(一番低い音)はEなので、F – E – D とベース音が滑らかに下降していきます。参りました、ポール先生。
「海辺のカフカ」という架空の曲
そして、僕はこんな摩訶不思議なコード進行に出会うと村上春樹の「海辺のカフカ」という小説を思い出すのです。
この小説ではタイトル通りの「海辺のカフカ」という曲が登場します。登場人物の佐伯さんという女性が19歳のときに自作して大ヒットになった曲。
まずは主人公の少年がその曲を聴いた感想から。
僕は三度繰りかえしてそのレコードを聴く。まず疑問がひとつ頭に浮かぶ。どうしてこんな歌詞のついた曲が100万枚以上を売るような大ヒットになったのだろう? (略) まずだいいちにメロディーが素晴らしい。ひねったところのない美しい旋律だ。でも決してありきたりのものじゃない。 (略) それからリフレインの部分に不思議なコードが二つ登場する。それ以外のコードはどれもごくシンプルでありふれたものなのだけど、その二つだけがいやに意外で斬新なのだ。どういうなりたちの和音なのか、ちょっと聴いただけではわからない。でもそれを最初に耳にしたとき、僕は一瞬混乱する。少し大げさに言えば、裏切られたような気持ちにさえなってしまう。その響きの突然の異質さが僕の心を揺さぶり、不安定なものにする。まるで予期もしないときにどこかのすきまから冷たい風が吹き込んできたみたいに。でもリフレインが終わると、最初の美しいメロディーがまた登場し、僕らをもとあった調和と親密さの世界に連れ戻してくれる。
村上春樹/海辺のカフカ(上)より
次に主人公はその楽譜を手にいれて実際にピアノで弾いてみます。
部屋に戻って、大島さんがプリントアウトしてくれた『海辺のカフカ』の楽譜を見る。思ったとおりほとんどのコードはシンプルなものだ。そしてブリッジの部分にひどくややこしいコードがふたつある。僕は閲覧室に行ってアップライト・ピアノの前に座り、その音を押さえてみる。(略) 最初のうちそれはまちがった不適当な和音にしか聞こえない。楽譜のミスプリントじゃないかと僕は思う。あるいはピアノの調律が狂っているんじゃないかと。しかしそのふたつの和音の響きを交互に何度も、注意深く聴いているうちに、『海辺のカフカ』という曲のよりどころはまさにこのふたつの響きにあるんだと僕は納得する。そのふたつの和音があるおかげで、『海辺のカフカ』はありきたりのポップソングにはないとくべつな深みのようなものを獲得している。でもいったいどうやって佐伯さんには、こんな普通じゃない和音を思いつけたのだろう?
村上春樹/海辺のカフカ(下)より
まさに僕が 「I Don’t Know」 を聴いて感じたことです。ポールのこの曲が小説のように別の世界への入り口になるとは思いませんが、確実に僕の心は一瞬で何処か違う場所に連れていかれます。
そして、これが音楽の力なんだと僕は思うのです。大袈裟に言えば、心はもちろんのこと空間や次元さえ捻じ曲げ歪んだ錯覚に陥らせてくれます。凄いです。
またこの感覚を文章で見事に表現した村上春樹も凄いです。彼の書く文章は美しくて読みやすく、安心してその世界に浸ることができます。まるでポールの書く曲のように、これもまた王道の安定感を感じます。世界中で読まれているのも分かります。
再びコードのお話
先ほどのコード進行の部分だけでもこの曲の凄さが垣間見れると思うのですが、まだまだポール先生のイリュージョンは終わりません。曲のブリッジにも仕掛けがしてあります。
それによって、学校の先生が黒板を指さして「はーい、注目~。ここ、テストにでるからな~」的な効果が生まれています。
ブリッジのコード進行
F on G - C - Dm - G (Cメジャーに転調) D on E - A - D - E (元に戻る)
まずは頭の F on G と D on E の分数コード(オンコード、スラッシュコード)です。本来ならFのコードのベース音はG(ソ)ではなくF(ファ)になるはずでルートの音がずれています。
それにより土台であるはずの一番低い音がどっしりと安定していないので違和感があります。これに、
"Now what's the matter with me?" 僕の何が問題なんだよ? "Am I right? Am I wrong?" 僕は正しいの?間違っているの?
という歌詞と相まって、不安や迷いを感じさせます。ましてやブリッジでは転調して始まるのでこれがまた効果絶大です。
ただ、次の歌詞で転調していたものが元に戻ります。
"Now I started to see" いま分かりかけてきたよ "I must try to be strong" 僕は強くなろうとしなくちゃって
それによって急に視界がぱーっと開けます。しっかりと落ち着きながら次へとつながっていき、めーいっぱい君を愛するよ、と歌は続いてめでたしめでたし。
歌の最後にまた一波乱ありますが、それもまた心地いいです。
初めのほうのアイ・ドント・ノウと違って「なんだかよく分かんないけど、そんなの知らねーよ!」と、たとえ分からなくても、とにかく前に進もうという何か力強いものを僕には感じさせてくれます。
最後に
こうして見てくると少し乱暴な言葉になりますが、この曲は僕らの感情を揺さぶるように巧妙にデザインされているのが分かります。でも僕はそれに気持ちよく乗っかってヘビロテしています。かくれんぼしている子供の居場所をわざと分からない振りをするような優しい気持ちで。あるいは「明日は予定があるの」という女性の嘘の断りを聞き流すような、、
とにかくポール、素晴らしい曲をありがとう。
そもそも彼がこの曲を作ったきっかけは、Wikipediaによるとポール自身が何かつらい体験をしたときに自己セラピー的に書いた曲だそうです。そういう気持ちをこんな風に曲に込められるって凄いです。それも技巧を散りばめて。
曲の歌いだしでは「窓にはカラスがいてドアには犬」と歌っています。そして「これ以上我慢できそうにない」と続きます。
"I got crows at my window, dogs at my door" "I don’t think I can take any more"
窓の外には真っ黒な不吉なカラスがいて、戸口には犬がいて部屋から出ることができない状況。これは実際の風景なのでしょうか?それとも心の中を暗喩した心象風景なのでしょうか?
どちらにしても、この曲によりポールは見事に部屋から抜け出し、引きこもりにならずに済んだみたいです。そしてその効果は確実に僕にも伝わっています。
「エジプト・ステーション」 というアルバムには他にも良い曲が沢山あります。 「Come On To Me」「Fuh You」はお薦めです。
長々とした文章を読んで頂き、ありがとうございました。
Paul McCartney – I Don’t Know Chords (capo1)
終わりに、この曲のコード進行を備忘録的に記しておきます。
Original Key : Bb Intro : F#m - E6 - DM7 - D6 F#m - A6 A Verse : A - D - A - D - A - D - FM7 - Am on E - D - A Chorus : F#m - E6 - DM7 - A F#m - E6 - DM7 - E (E6) Bridge : F on G - C - Dm7 - G D on E - A - D - E Ending : F on G - D on E F on G - D on E Dm7 - F on G A
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